2008.11.18 *Tue
下宿先のおばあちゃんが亡くなりました。
かつての下宿先の大家さんのおばあちゃんが、昨日、亡くなりました。
この下宿、ファンと水シャワーのみの簡素な設備ながら、
新築でお部屋は綺麗、ベッドはスプリング、専用台所付きで、
1999年から2004年まで、なんだかんだで、5年間も住んでいたのでした。
水シャワーといっても、毎日台所でお湯を沸かしていたので、
水マンディは、したことがなかったですが(根性ナシ)。
長く住んだ理由は、家賃が安かった!からですが(笑)、
それなりに昇給し、もう少しよいところに住める身分になってからも、
引越ししようとしなかったのは、引越しが面倒だったことに加え、
大家さん一家との、付かず離れずの関係のバランスのよさが、
心地よかったから・・・だと思います。
バリで住むところを探す場合、
大家さん一家が同居しているかしていないか、
同居の場合は大家さん一家と相性がよいかどうか、
というのは、家賃以上に大きなポイントになります。
大家さん一家が同居していると、
セキュリティ上安心で、困った時にも助けてもらえて便利ですが、
困った大家さんだと、プライベートに首を突っ込まれたり、借金を申し込まれたり、
あるいは、口説かれたりと(困)、何かと面倒に発展してしまいます。
というわけで、どんなに建物がよくても、家賃が安くても、
大家さんと相性が悪いと、住み心地は最悪、となってしまいます。
その点、こちらの下宿先の大家さんご一家は、
ホームステイのオーナー家族のような、職業的な愛想の良さこそないものの、
わたしのプライベートに干渉することはなく、
でも困ったことがあれば、親切に手を差し伸べてくれる家族でした。
そして、この一家の大黒柱は、今回亡くなったおばあちゃんでした。
このおばあちゃんは、バリ独特の職業である「お供え屋さん」として引き手あまた、
バリTVの取材まで受けた有名人でした。
バリ島には儀式が欠かせず、儀式にはお供えが欠かせませんが、
日常のお供えはさておき、
大きな儀式や冠婚葬祭、子供の通過儀礼に必要となる、
大掛かりで大量かつ複雑なお供えとなると、
技術的に自分では作れない、作れても時間がないといった理由で、
このおばあちゃんのような、専門の「お供え屋さん」にオーダーして、
作ってもらうことが多いのです。
うちの義母などは、かなり複雑なものも含めて、
殆どのお供えを自分一人で作ることができますので(スゴイ)、
滅多に作る機会のない、
つまり知識的・材料的に自分では作れない特殊なものだけを、
こちらのおばあちゃんにオーダーしていましたが、
自分では作らず、全てをこちらにオーダーしてしまうような人もいます。
・・・というわけで、こちらの下宿に住んでいた5年間に、
ありとあらゆる種類のお供えを、一通り目にした気がします。
暇な時など、雑談しながらお手伝いなどもしていたので、
結婚前の方が、結婚してからよりも、よくお供えを作っていました・・・(汗)
この家族と、夫の家族は同じ家を本家とする関係です。
というわけで家も近く、わたしは同じバンジャールの中で、
南端の家から北の端の家に、”嫁いで”いった、という感じでした(笑)。
そんなわけで、わたしも夫の家族も、
訃報を聞き、故人のお宅に駆けつけたわけですが、
久しぶりに訪れた、かつての下宿先では。
子供達がデカくなっていました〜!
もちろん、時々、道端とかですれ違ったりもするんですが、
こうして間近に見ると、本当に大きくなったもんだと感心します。
おばあちゃんのお孫さん(長男の息子)は、
わたしが住み始めた頃、まだ今のはるかぐらいで、
あどけない可愛らしい姿で、三輪車に乗って庭を走り回っていて、
わたしの部屋に来ては、「アレ何、コレ何?」と質問したり、
日本のおそばを食べて「おいしい」と、喜んだりしていたものでしたが、
もう小学校6年生とのことで、昔の面影は殆どありません。
わたしを見ても、照れて会釈をしてくれただけでした。
(昔は、わたしの部屋でTVとか、観ていたくせに・・・笑)
その他の子供や、近所の子供達も皆、すっかり成長して別人のようでした。
日本でも、冠婚葬祭は、
久しぶりに顔を合わせる親戚の”年を重ねた”姿に驚く機会ではありますが、
ここは日本ではなく、バリです。
ただの外国人観光客であったはずのわたしが、
バリにもう、それだけ長く住んでしまったのだなと、妙に感慨深かったです。
それにしても。
おばあちゃんが亡くなった後、「お供え屋」を継ぐ人はいるのかな?
その辺が、ちょっと気になります。
この下宿、ファンと水シャワーのみの簡素な設備ながら、
新築でお部屋は綺麗、ベッドはスプリング、専用台所付きで、
1999年から2004年まで、なんだかんだで、5年間も住んでいたのでした。
水シャワーといっても、毎日台所でお湯を沸かしていたので、
水マンディは、したことがなかったですが(根性ナシ)。
長く住んだ理由は、家賃が安かった!からですが(笑)、
それなりに昇給し、もう少しよいところに住める身分になってからも、
引越ししようとしなかったのは、引越しが面倒だったことに加え、
大家さん一家との、付かず離れずの関係のバランスのよさが、
心地よかったから・・・だと思います。
バリで住むところを探す場合、
大家さん一家が同居しているかしていないか、
同居の場合は大家さん一家と相性がよいかどうか、
というのは、家賃以上に大きなポイントになります。
大家さん一家が同居していると、
セキュリティ上安心で、困った時にも助けてもらえて便利ですが、
困った大家さんだと、プライベートに首を突っ込まれたり、借金を申し込まれたり、
あるいは、口説かれたりと(困)、何かと面倒に発展してしまいます。
というわけで、どんなに建物がよくても、家賃が安くても、
大家さんと相性が悪いと、住み心地は最悪、となってしまいます。
その点、こちらの下宿先の大家さんご一家は、
ホームステイのオーナー家族のような、職業的な愛想の良さこそないものの、
わたしのプライベートに干渉することはなく、
でも困ったことがあれば、親切に手を差し伸べてくれる家族でした。
そして、この一家の大黒柱は、今回亡くなったおばあちゃんでした。
このおばあちゃんは、バリ独特の職業である「お供え屋さん」として引き手あまた、
バリTVの取材まで受けた有名人でした。
バリ島には儀式が欠かせず、儀式にはお供えが欠かせませんが、
日常のお供えはさておき、
大きな儀式や冠婚葬祭、子供の通過儀礼に必要となる、
大掛かりで大量かつ複雑なお供えとなると、
技術的に自分では作れない、作れても時間がないといった理由で、
このおばあちゃんのような、専門の「お供え屋さん」にオーダーして、
作ってもらうことが多いのです。
うちの義母などは、かなり複雑なものも含めて、
殆どのお供えを自分一人で作ることができますので(スゴイ)、
滅多に作る機会のない、
つまり知識的・材料的に自分では作れない特殊なものだけを、
こちらのおばあちゃんにオーダーしていましたが、
自分では作らず、全てをこちらにオーダーしてしまうような人もいます。
・・・というわけで、こちらの下宿に住んでいた5年間に、
ありとあらゆる種類のお供えを、一通り目にした気がします。
暇な時など、雑談しながらお手伝いなどもしていたので、
結婚前の方が、結婚してからよりも、よくお供えを作っていました・・・(汗)
この家族と、夫の家族は同じ家を本家とする関係です。
というわけで家も近く、わたしは同じバンジャールの中で、
南端の家から北の端の家に、”嫁いで”いった、という感じでした(笑)。
そんなわけで、わたしも夫の家族も、
訃報を聞き、故人のお宅に駆けつけたわけですが、
久しぶりに訪れた、かつての下宿先では。
子供達がデカくなっていました〜!
もちろん、時々、道端とかですれ違ったりもするんですが、
こうして間近に見ると、本当に大きくなったもんだと感心します。
おばあちゃんのお孫さん(長男の息子)は、
わたしが住み始めた頃、まだ今のはるかぐらいで、
あどけない可愛らしい姿で、三輪車に乗って庭を走り回っていて、
わたしの部屋に来ては、「アレ何、コレ何?」と質問したり、
日本のおそばを食べて「おいしい」と、喜んだりしていたものでしたが、
もう小学校6年生とのことで、昔の面影は殆どありません。
わたしを見ても、照れて会釈をしてくれただけでした。
(昔は、わたしの部屋でTVとか、観ていたくせに・・・笑)
その他の子供や、近所の子供達も皆、すっかり成長して別人のようでした。
日本でも、冠婚葬祭は、
久しぶりに顔を合わせる親戚の”年を重ねた”姿に驚く機会ではありますが、
ここは日本ではなく、バリです。
ただの外国人観光客であったはずのわたしが、
バリにもう、それだけ長く住んでしまったのだなと、妙に感慨深かったです。
それにしても。
おばあちゃんが亡くなった後、「お供え屋」を継ぐ人はいるのかな?
その辺が、ちょっと気になります。
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