2009.11.02 *Mon
サロンパス
怒涛のように日々が過ぎていきます。
ふと気付くと、またまた、ブログの更新が滞っています。
毎日のように更新されている方、尊敬に値します・・・
バリはいま、暑いです。
そして、10月は儀式の多いサカ暦・第四の月(サシ・カパット)に、
ウク暦のガルンガン・クニンガンが重なり、
一ヶ月間、バリ島中が儀式、儀式、儀式の連続でした。
そして今。
周囲は病人だらけです。
暑さと多忙。過労ですね・・・
症状は夏風邪というか、夏バテというか、といった感じの人が多いです。
家では義母が血圧が下がってダウン(過労です・・・)、
会社では同僚が夏バテ風の症状でぐったり。
他ならぬ私自身も、ガルンガンの後、しばらく体調を崩しましたが、
仕事を休むほどの重症でもなく、
家事や娘の世話を誰かに委ねるほどでもなく、
休息しないがゆえに長引きました。やはり夏バテ風の症状でした。
旅行者の方々も、ハード・スケジュールを組んで、
無理をしたりなさりませんように・・・
そういえば遥か昔。
何も知らない、幸せな旅行者だった頃、
宿泊していたロスメン近くのよろず屋で、サロンパスが売られているのを見て、
「へええ、この人達でも肩凝ったり、疲れたりするんだ」
と、違和感を覚えたことがありました。
あの頃、身近でよく見掛けたのは、
少々(いや、かなり)ぐうたらなロスメンの従業員とか、
おしゃべりばかりしていて動きが緩慢なレストランの従業員とか、
店内で堂々とお昼寝しているショップの店員さんとか、
そういう人達ばかりだったもので・・・
いま思えば、本当に能天気でした・・・
自分のめでたさに、思い出すだけで恥ずかしくなる記憶です。
ふと気付くと、またまた、ブログの更新が滞っています。
毎日のように更新されている方、尊敬に値します・・・
バリはいま、暑いです。
そして、10月は儀式の多いサカ暦・第四の月(サシ・カパット)に、
ウク暦のガルンガン・クニンガンが重なり、
一ヶ月間、バリ島中が儀式、儀式、儀式の連続でした。
そして今。
周囲は病人だらけです。
暑さと多忙。過労ですね・・・
症状は夏風邪というか、夏バテというか、といった感じの人が多いです。
家では義母が血圧が下がってダウン(過労です・・・)、
会社では同僚が夏バテ風の症状でぐったり。
他ならぬ私自身も、ガルンガンの後、しばらく体調を崩しましたが、
仕事を休むほどの重症でもなく、
家事や娘の世話を誰かに委ねるほどでもなく、
休息しないがゆえに長引きました。やはり夏バテ風の症状でした。
旅行者の方々も、ハード・スケジュールを組んで、
無理をしたりなさりませんように・・・
そういえば遥か昔。
何も知らない、幸せな旅行者だった頃、
宿泊していたロスメン近くのよろず屋で、サロンパスが売られているのを見て、
「へええ、この人達でも肩凝ったり、疲れたりするんだ」
と、違和感を覚えたことがありました。
あの頃、身近でよく見掛けたのは、
少々(いや、かなり)ぐうたらなロスメンの従業員とか、
おしゃべりばかりしていて動きが緩慢なレストランの従業員とか、
店内で堂々とお昼寝しているショップの店員さんとか、
そういう人達ばかりだったもので・・・
いま思えば、本当に能天気でした・・・
自分のめでたさに、思い出すだけで恥ずかしくなる記憶です。
2009.10.16 *Fri
ガルンガンが結婚記念日
10月14日はガルンガンでした。
ガルンガンは、たびたび、ブログのネタにもしています。
過去、どんなガルンガンを過ごしたのかな・・・と、
自分で自分のブログを検索してみると。
ガルンガンは子守り
DATE : 2007/06/29 (金) 13:09:01
来週はガルンガン
DATE : 2008/01/19 (土) 12:21:58
今日はガルンガン
DATE : 2008/01/23 (水) 12:35:05
明日はガルンガン
DATE : 2008/08/19 (火) 14:09:58
赤ん坊だったはるかのお守りで終わったり、
夫婦揃って仕事をしていたり、毎回、いろいろ。
読み返してみると、なんだか、懐かしいです。

はるかもこんなに大きくなりました!
そして。
今回のガルンガンは、なんと、
私達夫婦の5回目の結婚記念日と重なりました。
ガルンガンはウク暦というバリ独自の暦に、
結婚記念日は西暦に従っているため、
この二つが重なるというのは、一生のうちで、
もしかしたら、一度きりかも知れないぐらいの確率です。
しかも、結婚5周年という区切りのよい年!
何かイベントを・・・と思っていたのですが、
ガルンガンには、あちこちのお寺に参拝に行く必要があるため、
気分を改めてホテルに宿泊 → ×
ガルンガンであることに加え、じっとしていない3歳児がいるため、
素敵なレストランでロマンティックにお食事 → ×
はあ〜(溜息)
どうしようかね〜と言うだけで、
何も決めないまま、当日を迎えてしまいました。
で、結局。
夫のアイディアで、自宅のバルコニーにロウソクを飾り、
マイホーム・キャンドルライト・ディナーとなりました。

夫は最近までホテル勤務だったので、実はこういうのはお手の物。
狭いバルコニーなので、かなりショボイんではないか・・・ と、
夫が嬉々としてロウソクを立てる様子を胡乱な目で見ていたのですが、
そこはそれ、一応、ウブドに建つバリの家。
電気を消して、ロウソクを立てるだけで、
見慣れたはずの我が家が、それらしい雰囲気に変身したのには感動。
はるかも大喜びでしたので、自宅で祝ってよかったです。
ただ・・・ ディナーのメニューは・・・
バーモント・カレーでしたが・・・
(はるかの分は小分けにして、辛くないあんぱんまんカレー・・・)
いえ、その、バリに住んで、しかもバリの家族と同居していると、
バーモント・カレーでも充分に素敵な”非日常食”なんです。
ちなみにデザートは、カキアンのケーキでした(嬉)。
カキアン・ベーカリーさん、ガルンガンも営業してくれて、ありがとう。
ガルンガンは、たびたび、ブログのネタにもしています。
過去、どんなガルンガンを過ごしたのかな・・・と、
自分で自分のブログを検索してみると。
ガルンガンは子守り
DATE : 2007/06/29 (金) 13:09:01
来週はガルンガン
DATE : 2008/01/19 (土) 12:21:58
今日はガルンガン
DATE : 2008/01/23 (水) 12:35:05
明日はガルンガン
DATE : 2008/08/19 (火) 14:09:58
赤ん坊だったはるかのお守りで終わったり、
夫婦揃って仕事をしていたり、毎回、いろいろ。
読み返してみると、なんだか、懐かしいです。

はるかもこんなに大きくなりました!
そして。
今回のガルンガンは、なんと、
私達夫婦の5回目の結婚記念日と重なりました。
ガルンガンはウク暦というバリ独自の暦に、
結婚記念日は西暦に従っているため、
この二つが重なるというのは、一生のうちで、
もしかしたら、一度きりかも知れないぐらいの確率です。
しかも、結婚5周年という区切りのよい年!
何かイベントを・・・と思っていたのですが、
ガルンガンには、あちこちのお寺に参拝に行く必要があるため、
気分を改めてホテルに宿泊 → ×
ガルンガンであることに加え、じっとしていない3歳児がいるため、
素敵なレストランでロマンティックにお食事 → ×
はあ〜(溜息)
どうしようかね〜と言うだけで、
何も決めないまま、当日を迎えてしまいました。
で、結局。
夫のアイディアで、自宅のバルコニーにロウソクを飾り、
マイホーム・キャンドルライト・ディナーとなりました。

夫は最近までホテル勤務だったので、実はこういうのはお手の物。
狭いバルコニーなので、かなりショボイんではないか・・・ と、
夫が嬉々としてロウソクを立てる様子を胡乱な目で見ていたのですが、
そこはそれ、一応、ウブドに建つバリの家。
電気を消して、ロウソクを立てるだけで、
見慣れたはずの我が家が、それらしい雰囲気に変身したのには感動。
はるかも大喜びでしたので、自宅で祝ってよかったです。
ただ・・・ ディナーのメニューは・・・
バーモント・カレーでしたが・・・
(はるかの分は小分けにして、辛くないあんぱんまんカレー・・・)
いえ、その、バリに住んで、しかもバリの家族と同居していると、
バーモント・カレーでも充分に素敵な”非日常食”なんです。
ちなみにデザートは、カキアンのケーキでした(嬉)。
カキアン・ベーカリーさん、ガルンガンも営業してくれて、ありがとう。
2009.10.16 *Fri
ウブド市場前の大穴 閉じました
この夏にウブドを訪れた方は。
ウブドの中心部、市場の前の道に大穴が開き、
道路が通行止めになっていたのをご存知かと思います。
あの穴。
数ヶ月をかけ、クレーン車まで登場した大工事の末、
10月も半ばになり、ようやく塞がりました。

撮影日: 2009年10月15日。
穴の写真を撮っていませんでしたので、比較として載せることができないのですが、
この通り、もう、穴はありません。
修復工事のための道路封鎖の影響で、この繁忙期は、
ウブドの街はいつも以上の渋滞となり、大変でした。
穴の正面にあったレストラン、
台湾の団体客などで常に繁盛していたにも関わらず、
穴による道路封鎖のせいでクローズとなり、
見るからに可哀相な感じでした。
まだクローズしたままでしたが、復活するのかな・・・?
ウブドの中心部、市場の前の道に大穴が開き、
道路が通行止めになっていたのをご存知かと思います。
あの穴。
数ヶ月をかけ、クレーン車まで登場した大工事の末、
10月も半ばになり、ようやく塞がりました。

撮影日: 2009年10月15日。
穴の写真を撮っていませんでしたので、比較として載せることができないのですが、
この通り、もう、穴はありません。
修復工事のための道路封鎖の影響で、この繁忙期は、
ウブドの街はいつも以上の渋滞となり、大変でした。
穴の正面にあったレストラン、
台湾の団体客などで常に繁盛していたにも関わらず、
穴による道路封鎖のせいでクローズとなり、
見るからに可哀相な感じでした。
まだクローズしたままでしたが、復活するのかな・・・?
2009.10.03 *Sat
バリ島 日本人女性殺害事件の犯人逮捕
Beritabali.com の記事からの要約です。
昨日、10月2日の夕方に、東ジャワ州のマランに潜伏していたところを逮捕され、
昨晩遅くに、スラバヤからデンパサールに飛行機で移送されたそうです。
犯人の名前はデイヴィッド(名前から推測するにクリスチャンですね)、
バンドゥン出身と報道されています。
殺害現場には、犯人と被害者が争った痕跡があったそうですが、
現場に音楽MP4が落ちていて、それが犯人のものである疑いが強く、
持ち主と思われる人物の写真が、目撃者による犯人の人相と一致したため、
その辺から足がついたようです。
ところが、デンパサールの下宿はすでにもぬけの殻、
バイパス沿いの勤務先(煙草会社)からも姿を眩ましていましたが、
最終的には逮捕できたということです。
この煙草会社も入社して一ヶ月だったそうですが、
ちゃっかりお給料はGETし、そのままトンズラした、と書かれています。
・・・というわけで。
バリ人が喜びそうですが、犯人はバリ人ではありませんでした。
何かあるたび、
「バリ人はそういうことはしない、悪いのはジャワ人だ」と、
バリ人が言うのは、個人的には「やな感じ」と思っており、
現実に、バリ人の犯罪者だっているのですが、
地元の人は地元では悪いことはしない”傾向”があるというのは、
バリ島に限らず万国共通の現象である・・・とは言えると思います。
とりあえず、今回の犯人はバンドゥンの人、
つまり、ジャワ人ではなく、スンダ人だった(推測)、ということのようですが、
スンダ人には犯罪者が多い、というような傾向はもちろんありません。
(スンダ人は美人が多いことで、バンドゥンは学園都市として知られています)
今回の犯人が、残虐非道だったわけですが、
コイツも、自分の地元では、こういうことはしないだろうなあ・・・と、
思ってしまう部分は、私自身の裡にも、やはりあります。
バリ人はスンダ人でもササック人でも、
バリ人でないインドネシア人は全て”ジャワ人”と呼びますが(苦笑)、
バリの”ジャワ人”の全てが悪いということも、もちろんありません。
ジャワ人に限らず、地方出身の出稼ぎ人というのは概ね勤勉ですから、
親元で安穏に暮らす遊び人よりも、尊敬に値する人も大勢います。
だから、今回の事件は。
バリ島が好きでよく通っている日本人女性とか、
わたしのように、バリ人男性と結婚している日本人女性にとって、
妙な偏見の目を向けられることになり、不本意な部分があるのですが、
(うざい話は、無視するのがイチバンです)
バリ島で真面目にやっている外島出身者にとっても、
またまた肩身が狭くなる、イヤな事件だったと言えそうです。
犯人が捕まったことは、よかったです。
でも、故人が生き返ってくることはなく、
”死人に口無し”となるのは、何とも無念な気がします。
昨日、10月2日の夕方に、東ジャワ州のマランに潜伏していたところを逮捕され、
昨晩遅くに、スラバヤからデンパサールに飛行機で移送されたそうです。
犯人の名前はデイヴィッド(名前から推測するにクリスチャンですね)、
バンドゥン出身と報道されています。
殺害現場には、犯人と被害者が争った痕跡があったそうですが、
現場に音楽MP4が落ちていて、それが犯人のものである疑いが強く、
持ち主と思われる人物の写真が、目撃者による犯人の人相と一致したため、
その辺から足がついたようです。
ところが、デンパサールの下宿はすでにもぬけの殻、
バイパス沿いの勤務先(煙草会社)からも姿を眩ましていましたが、
最終的には逮捕できたということです。
この煙草会社も入社して一ヶ月だったそうですが、
ちゃっかりお給料はGETし、そのままトンズラした、と書かれています。
・・・というわけで。
バリ人が喜びそうですが、犯人はバリ人ではありませんでした。
何かあるたび、
「バリ人はそういうことはしない、悪いのはジャワ人だ」と、
バリ人が言うのは、個人的には「やな感じ」と思っており、
現実に、バリ人の犯罪者だっているのですが、
地元の人は地元では悪いことはしない”傾向”があるというのは、
バリ島に限らず万国共通の現象である・・・とは言えると思います。
とりあえず、今回の犯人はバンドゥンの人、
つまり、ジャワ人ではなく、スンダ人だった(推測)、ということのようですが、
スンダ人には犯罪者が多い、というような傾向はもちろんありません。
(スンダ人は美人が多いことで、バンドゥンは学園都市として知られています)
今回の犯人が、残虐非道だったわけですが、
コイツも、自分の地元では、こういうことはしないだろうなあ・・・と、
思ってしまう部分は、私自身の裡にも、やはりあります。
バリ人はスンダ人でもササック人でも、
バリ人でないインドネシア人は全て”ジャワ人”と呼びますが(苦笑)、
バリの”ジャワ人”の全てが悪いということも、もちろんありません。
ジャワ人に限らず、地方出身の出稼ぎ人というのは概ね勤勉ですから、
親元で安穏に暮らす遊び人よりも、尊敬に値する人も大勢います。
だから、今回の事件は。
バリ島が好きでよく通っている日本人女性とか、
わたしのように、バリ人男性と結婚している日本人女性にとって、
妙な偏見の目を向けられることになり、不本意な部分があるのですが、
(うざい話は、無視するのがイチバンです)
バリ島で真面目にやっている外島出身者にとっても、
またまた肩身が狭くなる、イヤな事件だったと言えそうです。
犯人が捕まったことは、よかったです。
でも、故人が生き返ってくることはなく、
”死人に口無し”となるのは、何とも無念な気がします。
2009.10.02 *Fri
スマトラ島 パダンの地震
現地のニュース・チャンネルは、地震のニュース一色です。
24時間、関連ニュースを流し続けています。
(それ以外のチャンネルは、通常の番組編成ですが・・・)
今朝のTVニュースでは死者500人ぐらいと言っていましたが、
出社してネットのニュースで見ると、1100人となっていました。
被災地パダンは瓦礫の街と化しており、
そこここで被災者が建物の下敷きになっているので、
最終的には数千人の死者が出るだろうな・・・と、
TVの映像を観ているだけでも察しが付きます。
子供が瓦礫の下敷きになっているという母親が、
「神のお決めになられたこと」と言いながら慟哭する映像が、
繰り返し流され、悲愴です。
こういう映像には、つい、一緒に泣いてしまいます・・・
辛すぎます。
父親が下敷きになっているらしい子供が、
「バパー(お父さん)、バパー」と大泣きしている映像を観て、
はるかも一緒に「バパー」と泣き出したため、チャンネルは替えました。
画面は一瞬で平和なお子様番組に変わり、
リモコン一つで世界が切り替わることへの奇妙な違和感というか、
罪悪感のようなものを感じました・・・
でも、身近なところにも被災者はおり、パダン近郊出身の友人が、
まだ消息のつかめていない家族がいると心配しています。
通信状況が悪いため、無事だったとしても、
連絡がなかなか取れない状況なのです。
インドネシアは最近でこそ、地震続きの印象が強いですが、
日本のような、日常的に地震の繰り返される国ではないため、
国民は地震に慣れていませんし、
建物の耐震構造も、てんでなっていません。
延々とTVで流される被災地の映像を観ていると、
地震があったら外に飛び出せ!というのは、
この国では正しいようだと、実感します。
ところで。
2004年の大津波の時は、腐乱したものも含め、
遺体の映像がやたらと多く、恐ろしかったのですが、
今回は遺体そのものを映した映像は極めて少ないです。
(遺体袋の映像はひっきりなしに流れていますが・・・)
そういえば、最近は犯罪のニュースでも、
犯人の顔や悲惨な遺体の映像にはモザイクがかかるようになりました。
以前に比べ、報道文化が成熟してきて、
こうした配慮が行われるようになったのだな、とこんなところで感じました。
日本からも、国際緊急援助隊が派遣されたとのこと。
日本人(一応)として、嬉しいです。ありがとうございます。
24時間、関連ニュースを流し続けています。
(それ以外のチャンネルは、通常の番組編成ですが・・・)
今朝のTVニュースでは死者500人ぐらいと言っていましたが、
出社してネットのニュースで見ると、1100人となっていました。
被災地パダンは瓦礫の街と化しており、
そこここで被災者が建物の下敷きになっているので、
最終的には数千人の死者が出るだろうな・・・と、
TVの映像を観ているだけでも察しが付きます。
子供が瓦礫の下敷きになっているという母親が、
「神のお決めになられたこと」と言いながら慟哭する映像が、
繰り返し流され、悲愴です。
こういう映像には、つい、一緒に泣いてしまいます・・・
辛すぎます。
父親が下敷きになっているらしい子供が、
「バパー(お父さん)、バパー」と大泣きしている映像を観て、
はるかも一緒に「バパー」と泣き出したため、チャンネルは替えました。
画面は一瞬で平和なお子様番組に変わり、
リモコン一つで世界が切り替わることへの奇妙な違和感というか、
罪悪感のようなものを感じました・・・
でも、身近なところにも被災者はおり、パダン近郊出身の友人が、
まだ消息のつかめていない家族がいると心配しています。
通信状況が悪いため、無事だったとしても、
連絡がなかなか取れない状況なのです。
インドネシアは最近でこそ、地震続きの印象が強いですが、
日本のような、日常的に地震の繰り返される国ではないため、
国民は地震に慣れていませんし、
建物の耐震構造も、てんでなっていません。
延々とTVで流される被災地の映像を観ていると、
地震があったら外に飛び出せ!というのは、
この国では正しいようだと、実感します。
ところで。
2004年の大津波の時は、腐乱したものも含め、
遺体の映像がやたらと多く、恐ろしかったのですが、
今回は遺体そのものを映した映像は極めて少ないです。
(遺体袋の映像はひっきりなしに流れていますが・・・)
そういえば、最近は犯罪のニュースでも、
犯人の顔や悲惨な遺体の映像にはモザイクがかかるようになりました。
以前に比べ、報道文化が成熟してきて、
こうした配慮が行われるようになったのだな、とこんなところで感じました。
日本からも、国際緊急援助隊が派遣されたとのこと。
日本人(一応)として、嬉しいです。ありがとうございます。






